「なぜ私なのか?」自分や自社が選ばれる理由を言えますか?



ご時世なのか、 やりたいことがわからない

人が増えた。



しかしその多くは、 既にやりたいことをしている ということに気付いていない。 (だけの場合がむちゃくちゃ多い)



さらに、 やりたいことがなくてはいけない と思っている人も、 やりたいことがわからない になっている場合が多い。



...どーゆーこと?



いや、今日はそれが 主題ではなくて。


たとえば自分や自社が 選ばれる理由、

なぜ私なのか?

それを明確に答えられないと、 買ってもらえないし、 告白されることも誘いもない。


それは意識、無意識関係なく。



うまくいってる人は、 そんなこと考えたことなくても 自分が選ばれる理由を 潜在的にわかっている。


だから必然が起きるのだ。



冒頭の話は、 私が選ばれる理由の例えだが、


「答え」というのは、 答えの奥に本当の答えがあり、 それを「真実」という。



やりたいことを していることに気づかずに やりたいことがわからない と思っている人は、


やりたいことをした結果が、 望んだものではないから、 やりたいことがわからない になってしまっているだけだ。


つまり、やりたことが わからないのではなく、 やりたいことをして ほしいものが間違っているのだ。



やりたいことがなくてはいけない と思ってる人は、 やりたいことがないことで 困っている何かがあるのだ。



こうして 私が誰かに選ばれる理由は、 その「何か」をその人から 引っ張り出すためである。



その何かを先に解決したら、 やりたいことがなくても その人から困り事はなくなる。



私はやりたいことがなくても それで困ることはない。



だからやりたいことがなくても やることができるのだ。



それが「求められる」 という現象である。



であるならば、

なぜ私なのか? なぜ自社なのか?

の解決を最初にすれば、 やることは見えてくる。
































ヤマモトマユミ