迷子のススメ

最後に迷子になった日のことを、

憶えていますか?


目の前のものを

夢中で追いかけていただけなのに、


気づいたら

ひとりぼっちになっていた、

あの心細さ。


私にはその記憶がありません。


おもちゃ屋さんで

夢中になって遊ぶ私。


私の迷子の想い出は

そこで終わっています。


ほしいと言っても

買ってくれないのを

わかっていたのでしょうか。




5歳になるころ、

田舎に帰る列車の中で

母は私をずっと抱きしめていて、

身動きが取れない私は、

窮屈だった記憶だけが今も残ります。


おもちゃをいっぱい買って

迎えにいくから待っててね。


自分の人生を描くとき、

私が母ならそんなセリフを

脚本にしているでしょう。


田舎に遊びに帰るだけだと

信じていた私に

用意されたシナリオは、


おもちゃよりほしいものを

失う物語でした。


母が乗るバスを

裸足で追いかける私を

必死で追いかける祖父母。


道路は車道を走る私のせいで

大渋滞を起こし、

罵倒が飛び交いました。


祖父母はその声を黙って受けたと、

大人になって聞かされました。


母は大阪に戻った後、

水も喉を通らず10キロ痩せて、

貧乏でも娘と一緒にいるほうが

幸せだとわかったそうです。


その頃からなんですね。

私の世界観が少しずつ

変わり始めました。


好きな人のためなら、

病気だから時間がないから

そんな理由がなくなりました。


ただ好きな人を

掴むためだけに、


誰かに罵倒されても

恥をかかされても、

裸足で走れると知ったのです。



知ったことが身につくまで

さらに私は10年以上

かかっています。


今も保身がないといえば

嘘になり、

世間体も気になります。


断る理由に仕事が、生活が

という私もいます。


こういうのは、

みんなお互い様なのです。


ただお互いの気持ちが

ゾッコンまで到達していない

だけだと思います。


それにゾッコンになれる人が

たくさんいたら

それはゾッコンとは言えない。


私が深く愛されていたと知った

あのときの熱狂は、

私の深い傷を治してくれました。


最近、娘ほど離れた生徒が、

自分がどれだけ愛されているかを

私と同じように経験したのですが、


自己嫌悪の塊だった子が

どんどん厚かましくなって

自分らしくなって

綺麗を取り戻しました。


すべてのスタートは

この感情が起点なんですね。


世の中に「理由」

というのがあるとすれば、

その理由で手に入れるものは、

目的ではなく

誰もが手段であるべきです。


最近のトレンドとして

声優になりたい人が多いですが、

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声優になりたい理由が

手に入れるものが声優なら、

声優になったあとはない。

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ということを知ってほしい。


たとえば、医者になりたい理由が、

人を助けたいからなら、

人を助ける仕事なら

医者以外にも五万とあるんです。


そこまで理解できてはじめて、

どうして医者がいいのか?

と自分と向き合ってほしいのです。


コピーライターという仕事は、

基本的に人を幸せにする

ために存在しますが、


私は人を幸せにしたいから

コピーライターになった

わけではありません。


人前に出なくていいからとか、

自分を見せたくないからとか、

そんなネガティブな理由でした。


あの日私は、

おもちゃがほしかった

わけではなく、


私が選んだおもちゃを

「いいね」と言って

ほしかったのです。


私が好きなものを

好きだと言ってくれる人を

私は今も求めています。


人にはそれぞれ個性があるので、

表が好きな人もいれば、

裏が好きな人もいます。


私は裏にいる私の言葉を

表に出すことで、

「好きだ」と言って欲しいから、

コピーライターになりました。


私の言葉が裏にいては、

誰にも気づいてもらえないからです。


だから私は自己主張を

努力しました。


サザンが好きな私に対し、

サザンが好きな人の気が知れない

と言う人に出会ったとき、


私の「言いたいことが言えない病」は

克服の道を歩き出しました。


心に思っているネガティブな

人に嫌われる言葉がたくさん

出てきました。


サザンがお前を知ってるんか?

それよりお前何様やねん?!

お前、売れてからモノ言えや!


こういう言葉たちは、

大人になればなるほど

言いにくい言葉で、

でも一番言いたい言葉だと

思いました。


お互いの気持ちがゾッコンまで

到達していない相手には

特に言えない言葉だと思います。


だから書いて表に出す仕事を

選んだのです。


人を見下すような言葉を

受けている人たちに

光を与える作品が

生まれていきました。


そして私が次に下りた駅は、

言葉にだす「朗読」でした。


それが私の目的を叶える

次の手段でした。


バカにされたり

自尊心を傷つけられたり、

犠牲感を背負う人の心を

助けることができるように

なりました。


その私も今年で朗読は、

やめようと決意したとき、


たまたま取材でお会いした

上川隆也さんの一言が

私の背中を押しました。


森一馬さんは

山本作品に似合う。


母は高齢になってから、

外出をすごく嫌がるようになり、

その理由も私と似ています。


見られたくないから。


若い頃、美人だと評判だった

自分の今の哀れな姿を

見られたくないのです。


その母に先日、

舞台の写真を見せました。


そのときの一言が、

私を熱狂させたのです。


森さんにお会いして、

娘の作品を生で見せて欲しい。


スタッフにこんなに愛されて、

お母ちゃんは今一番幸せだと。


#迷子 #彷徨うから見つかる #目的が手段になったら叶わない #何時間でも夢中になれることはなんですか