昔、メダル確実と

期待されてた選手が

メダルを取れなかったとき、


彼は記者会見で

すみませんと謝った。


それに対して

武豊騎手は、


どうして謝るんだろう?

『残念』ならわかるけど

的なことを言ってて、

私は共感した。


費用に国民の税金が

使われていたとしても、

国のために勝つわけじゃないし。


こうして罪悪感は

人間に普通にあります。


なかったら人間じゃない。


罪悪感には2つあって、

やってはいけないことを

やってしまったときと、

期待に応えられなかったとき。


期待って絶望と

ワンセットなんだよね。


誰かに絶望したり、

ガッカリすることがあるなら、


それって、

自分を誰かに幸せにして

もらおうっていう

エゴがあるってことです。


もしくは、

今誰かの世話になってて

それを申し訳なく思ってる

可能性もあります。


自立できない自分とかね。

将来これで食っていく

「これ」を持っていないとか。



あなたは、幸せがお似合いです。


で、目の前の出来事に

原因は一切なくて、

その罪悪感って、

過去の傷の再演です。


たまたま目の前の人が

呼び起こしてくれただけ。


ガッカリすることで

何に気づけたか?


こんな人に出会った私が

間違いだったと思うなら、

間違った自分を責めている

ということです。


ロクな人間に出会えない私。

まともな人に出会えない私。

私を大切にしない人出会う私。

彼氏ができない私。

旦那とうまくいかない私。


たとえば、

こういうのをまとめて

「ダメな私」として、


潜在意識は

罪悪感っていう

箱に押し込めます。


自分を責めれば責めるほど、

自分を責める人に出会うし、


自分が責めたくなる

対象に出会います。


わがままな人が嫌いなら、

あなたがわがままを

我慢しているかも知れません。


自分が我慢していることを

我慢していない人を見たら

腹が立つのは当然です。


責任感はときに

自分を苦しめます。


自分がわがままになれば

人のわがままも

気にならなくなります。


キッチリしすぎる自分を

緩めてあげることは必要です。


許せない人に出会うなら、

自分が自分を許していない

過去があるということです。


深いところに眠る自分を

掘り起こさないと、

またガッカリする人に

出会います。


#罪悪感 #その人を嫌いになる自分を許すこと #過去が完了するまで似た嫌いな人に出会います