もう一度を迎えに

10年位前だったが、

20年位前に流行った

クレージュのサマーバッグを

デニムに合わせて人に会った。


その人はバッグを見るなり、

今どきクレージュ?と言って笑った。


私が今でも一番後悔しているのは、

そのバッグを捨てたことである。


そのロゴは控えめで目立たないが、

今でも女の子らが江ノ島あたりで

普通に持っているとわかったとき、


私の選択基準は、

機能的価値より情緒的価値を

デザインに求めているとわかった。


籠バッグから田舎の田んぼが見えたり、

虫取りをした山が見えたり、

恋人と始めて夜を過ごした

ペンションが見えたり

人の数だけ物語があるのが見えた。


最近、舞台監督と

初心に戻る話しをしたあと、

私が戻った初心はブログだった。


その効果は有り難いことに

検索ワード「ヤマモトマユミ」で

54,000人中Google24位まで上がった。


私がブログを再開したのは、

あのクレージュを持って笑われた

自分を迎えに行くためだった。



あの頃に戻れてもうまくいかないけど、あの頃があったから今うまくいくのです


もう一度やり直したい

リベンジしたかったことは、

「自分のものさし」である。


私にとっての「ものさし」は、

「カッコいい」だった。


人から見えるカッコいいではなく、

私がカッコいいと思えるか。


その人たちは、

私を探しているのではなくて、

「私のような人」を探している。


新しい何かではなく、

あの頃たしかにあった何か。


目新しさではなく郷愁。

ゴージャスよりビンテージ。

パパではなく父ちゃん。


私は珈琲豆を探している

ある小1の男の子に出会ったとき、

その子の選択基準から見えたのは、

みんなが知っているモノではなく、

知る人は知っている名品だった。


私は徳川慶喜が愛飲していた

将軍珈琲の情報を与えた。


この子の潜在ニーズにあったのは、

人が言うカッコ良さが

自分のカッコ良さだと信じていた

私の過去と同じものだった。


類友は誰も共通である。

いつか出会うその人を助けるために

自分の苦い経験があるのだ。


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ブルーマウンテンなら

どこにでも売ってるから、

父ちゃんが好きな珈琲を

淹れられる僕はカッコいい。

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そう自覚するまでに

時間はかからなかった。


私はこの子のおかげで、

舞台の続編を3日で書き上げた。


見た人を

日常に戻れなくさせてしまう

副作用が同時にできた。


あなたが10年前の自分に会えるなら

どんな言葉をかけるだろうか。


そのセリフを言う人に出会うために

あなたの明日があるのだと思う。


#もしも願いが叶うなら #もう一度 #今更を今始めたら成功する