常識に正確に生きるより、幸福に正確に生きること。




たとえば、価値観で

「自由」を大切する人なら、


選択基準を「自由」にすると、

目的と手段のすり替えを

防止できます。



誠実、愛、協調、愉快・・・



自分にとって

これだけは大切にしているものが

価値観という見えないものです。



目的と手段をすり替えるのは、

価値観がボヤけている人に多い。



昔、一番大切なものは、

「自分の家族」

だといった人がいたけど、

もうこの時点でボヤけているのです。



その人はいつも外を気にして、

そして最後は切れるのです。

そりゃ我慢してたらいつか切れます。



大切にしているものが

恋人でも同じです。



仕事と恋人を比べるから、

仕事と私どっちが大事なの?


という「こじらせ女子」になる。



こうして社会性がないものは、

共感がおこらない。



社会性っていうのは、

Paine & Gainでつくられます。



「痛みに共感し解決を得る」

価値があるものをいいます。



まるで自分のことだと思うことが共感、

解決するものを承認することが

「社会性」になります。



比べるに値しないものを

価値基準にするからボヤける。



これはそもそも日常において

自分と他人を比べているから

こういう「比べられない存在」を

価値基準にもってきてしまうのね。



結婚式の家族席がそう。

比べるに値しないから最後尾なんだよ。



また、倒産している中小や個人の

共通点は「理念がない」ことです。



理念っていうのは世界観のことで、

世界観は価値観でできています。



自由を大切にしている企業や個人は、

世の中が時間的自由、経済的自由、

精神的自由になるためのことをしています。



時間的自由なら

効率化、合理化などが強みでしょう。


経済的自由なら

コスト削減が強みなのでしょう。


精神的自由なら

対人支援が強みなのでしょう。


人間関係を大切にしているなら

コミュ力が強みなのでしょう。



こうして価値観は、

人によって大切なものが違います。



目的と手段のすり替えというのは、

自分ではなかなか気づけないからこそ、

いつも価値観を選択基準に考えると

失敗しにくいのです



すり替えが起こるとき、

手段が目的化する現象がおこります。



例えば多くの場合、

お金が欲しいのではなく、

自由が欲しいからお金を稼ごうとする。



にも関わらず、

自由を犠牲にして

お金を稼ぐジレンマに陥る。



自由の犠牲とお金の獲得は

トレードオフの関係ではありません。



自分の家族が価値観のその人も、

自由を犠牲にして、

協調性を保つジレンマに陥った。



自由の犠牲とコミュニケーションは、

トレードオフの関係にはありません。



「自分の家族」という価値観を

「家族」にすれば、


家族を持つ人たちの

共感を得ることはできます。



誰か、何かうまくいかないのは、

自分のエゴを捨てるために

起こります。



ヤマモトマユミ