謙遜とは尊敬できるかである

小平奈緒さんが

オリンピックレコード

(最高記録)を出したとき、


会場から湧き上がる

拍手喝采を制止させるように

彼女は人差し指を唇にあて

「シッー」という動作をした。


私は、次に走る選手のために

皆さんお静かに、に思えた。


だから私はその瞬間、

こんな人と付き合いたいと思った。


先日、リッツで会食したとき

なにげに落語の話しになった。


ある人気落語家さんの

人気の秘密を聞くうちに

私は亡くなった従姉妹と、

その旦那を回想していた。


旦那の芸名は、

6代目笑福亭松鶴。


やんちゃだったらしいけど、

私の記憶の中にあるのは、

師匠の姿より言葉だった。


落語家の常套句(じょうとうく)に

「おあとがよろしいようで」

があるが、


次の高座に上がる人の

準備が整ったので

私はここで終わりにします。


自分などより次の方の噺のほうが

すばらしいのでどうぞお楽しみに。


本来の意味を師匠から教わった。


それから何十年も経って、

江原さんを取材したときも、

記憶に残るのは姿より言葉だった。


カリスマの本当の意味は、

相手に嫌われることを

堂々とみんなの前で出せる人。


必然的に嫌は去っていくから

残るのは尊敬に値する山本さん。


その手本を見せてくれたのが、

先日の記事、桑名さんの態度だった。


おあとがよろしいようで

に当てはめると、


僕なんかの恥部を責めるより

優勝した歌を聞いたほうが

すばらしい、に重なる。



相手に花を持たせたら香りが自分に残る


従姉妹が亡くなるとき、

私にこう言った。


「お先にどうぞ」

「お先に失礼」って言う

男を捕まえるんやで。


おあとがよろしいようで

は、一言でいうと

「お先にどうぞ」である。


あるCMでは長塚京三さんが勇退され、

柄本明さんの長兄が継承したとき、

長塚さんはこう言った。


「お先に失礼」


ネット情報は読み捨てと言われ

いいことほど忘れやすく、

誰かに言われたことほど残り続ける。


扉を次の人のために開けておく

粋な気遣い等は、

一朝一夕では身につくまい。


しかし、心に留めておくか否かで、

人としての佇まいは変わるような

気がする。


私はカリスマを目指して

空気を変えてよかったと思う。


相手に花を持たせたら

私に香りが今も残っているから。


#自我と矜持は違う #謙虚と謙遜は違う #おあとがよろしいようで