幸せの選択-3:3回望まない結果になるなら、いい加減原因を解決しよう。

ここに来る前に私は、

面接に落ちた人から電話を受けた。


私にできる解決策の定型(カタ)は、

「それが問題ではない」であるため、

彼女にも同じように問いかけた。


①面接に落ちてどうなった?

>自信をなくした。


②あなたの(得意・自慢・自信)は?

>コミュ力


③コミュ力ってなに?

>共感すること。


④そこを受けた動機は?

>人のためになりたいから。

(人の役に立ちたいと解釈)


⑤山本にどうしてほしい?

>自信をつけてほしい。


六甲オルゴールミュージアム


彼女は2で4を実現することが希望

というのが解読できた。


が、落ちて自信がなくなるのなら、

それは自信ではないため、

そもそも「自信」の意味を

間違えていると判断できた。


自信とは再現性が前提で

何回やっても同じ結果になる。


自信があるからやるのではなく、

行動が(やるから)自信になる。


彼女がここを見誤った原因は、

4の「志望動機」から解読できる。


4自体を見誤っているので、

当然、3は不正解で当たり前である。


たったひとつの原因は、

複数の違う結果を生むため、

3回望まない結果になるなら

もう原因を解決したほうが、

よっぽど合理的で無駄がない。


人生は思ったより短いことを

知っていても

わかっている人は少ない。


「人のため」は結果論であり、 それを動機にした行為は 誰も続かない、という原則。

彼女は動機が

間違っているから落ちた。


当然同じ動機で居続ける限り、

落ちる(続かない)確率は高い。


思いだけでは戦力にならない。


思いがあって技術のない人より、


技術があって

思いがない人のほうが

より人のためになれるのである。


思い、という

あやふやなものは、

自信と同じく魔法の力が

あるわけではない。


目の前で悩んでいる人に

具体的に手を差し伸べるために

より具体的な

「自信が原材料の行為」

が必要なのだ。


うまくいく気がするなら

根拠がいる。


人のためになりたいとか

思いが先走ってしまうと、

技術のなさに卑屈になったり、


技術のなさを

思いでカバーできるとか、

現実を的確に見れない

ことになってしまう。


いくら熱弁を振るわれても、

何ができるか?が伝わらないと

コミュ力があるとは

言えないのである。


だからコミュを共感だと間違う。

コミュとは「通じ合い」である。


かくいう私も相棒から言われた。

どうして俺をもっと利用しない?

この言葉に卑屈さを隠す私が見えた。


外国人と感覚で言葉を交わし

素晴らしい建造物の点で通じ合い、

写真を撮ってあげる彼を見た時、


お願いしたいことが

わかった気がした。


好きだから言語にする

努力ができるのだ。


#六甲オルゴールミュージアム #幸せの選択 #自信の作り方