嫌があるからいいんです

嫌だと思うことは

悪いことじゃない。


悪いことじゃないなら

良いことなのか?


なんかいつも人間は、

正義と悪を作りたがる。


自分のせいじゃないことを

証明するために誰かのせいにする。


その人にせいにして

何を叶えたいのか。

それは達成できたのか?


伊丹空港・キットカットカフェ


ども。そもそも論の時間です。


それが嫌だと思ってるんじゃなくて、

それが嫌だと思う自分が嫌だから

いつまでも嫌だと思うんじゃない?


それを誰かのせいにしても、

誰かのせいにしている自分が嫌なら、

「誰かのせいにする何か」は

繰り返し起こり続けます。


だって、誰かのせいにすることを

目的に生きる本当の目的は、

自分のことを嫌だと思わないための

手段だから。


目的と手段は、

スルッと簡単に入れ替わるし、

すりかえは頭で考える人に多い。


「嫌なことをする自分が嫌」

それを多重否定といいます。

これはとにかく女性に多い。


こんなことをする自分が嫌だ。


仮にこの「嫌」なら、

嫌だと感じてしまう自分が

【許せない】


これが多重否定の正体です。


人生は旅そのものだと思う

だから悔しいことが起きたり、

振られたり、バカにされたりが

繰り返されるわけ。


でも嫌な感情の奥には、

真の欲求と美しい愛があるんです。

美しい愛なんだぜ!


嫌がわかるから

やりたいことがわかるんです。


それやれよ!っていうのが、

「嫌」という感情のお役目です。



何かの「嫌!」は

本当の「やりたい!」

をつくり出す原動力。



特に女性に多い話に戻ると、

年下の男性を年下に見る女性は

本当にこの兆候があります。


お姉さんとか母親に

なろうとしているんじゃない?

自分なんて誰にもなれないのに。


私の周りは10歳以上年下の

男性が非常に!多いですが、

なぜか私が下になっています。


私の精神年齢のほうが低いから

それでいいのだ(バカボン)


#ジャッジ #正義か悪か #自分は正しいことを証明するために誰かを悪者にしても得るものはない