身の丈を理由にしない勇気

今から14年前、

昼はコールセンター

夜は料亭の洗い場で、

経済的には決して豊かでないながら、

忙しくも煩わしさから開放された

日々を送っていました。


当時、京都の歴史や文化に触れるうち、

食べることや暮らしの道具に

意識が向かうにつれ、

自分にとって大切なことが

見えてきました。


それが誰かの価値観ではなく、

自分の軸や尺度で好きと感じる

心の持ち方でした。


否定されると、今みたいにまだ

ほっといてちょーだい

と言えるまでにはなかっけれど、

確実に『好き』を掴んでいきました。


朝、パン屋まで自転車を走らせ、

焼きたてのパンを

鴨川べりでほおばると、


ささやかな日常を

豊かに思える出来事が続くように、

仕事も暮らしも真摯にコツコツ

積み重ねていけるようになりました。


なかでも週に1~2度、

喫茶店で過ごす時間は、

友達がない私の宝島でした。


誘われることもない代わりに、

できる自由がそこにありました。


珈琲の味の違いが

まだよく分からなかった私は、

場の雰囲気を味わうことから

始めました。


大人のフリをしたいための

ミルクと砂糖なしの珈琲。


私にとっての飲み物は、

喫茶店という

生きた物語の舞台に身を置くための

入場券でもありました。


自分なりの好みも知り舌も肥え、

それ以来の珈琲通でもあります。



その頑張りは後で伝わる


生活が苦しかった私にとって

定食ほどする値段の珈琲は、


今こそ当たり前になった

ホテルでのディナー以上の価値があり、

本当に贅沢な飲み物でした。


身の丈のままでは成長は止まると、

私は今日も継承しています。


苦しみの中でも3センチだけ背伸びをする。

すると5センチ高い人に出会えます。


週1?2回しか行けない喫茶店で、

まるでその日を待ちわびるように

ブログを書いていたら、


毎日楽しみに読んでいると言う人が、

私の隣にいました。


それは、身の丈を5センチ上げた

運命を変える出会いでした。


その人は、出会う前から

出会っていたと言いました。


私があの日、身の丈でいいと言えば

行けなかった世界は、


仕事がなくて困っている

ライターであふれながら、

ライターがいなくて困っている

企業が多い『矛盾世界』


それが今、私がいる世界です。



ありのままって、そのままとか身の丈のことじゃない。理想の自分のこと。

人はどん底を認めたときに

やっと登ることを学びたいと思う。


だから、命を懸けるなら

人生だけにしておきなさい。


この日このときは、

二度と帰らないから。


#ありのままはそのままのことじゃない #理想が叶ったときの感情を今感じること #非日常を叶えること