ひとりの人間を形成しているのは

ひとつの人格「個人」ではなく、


いつ誰と会うのかによって生まれる

たくさんの人格、

分人(ぶんじん)の集合体。


とは、著名な小説家のひとり

平野啓一郎さんの言葉です。


たとえばこれを

私流の言葉に変えると、


付き合う人の数だけある

対応力。


ちょっと難しく言うと、

協調性より社交性。


2つの違いは、

自己主張の度合いです。


それ大変だと思うよ~

それ無理だと思うよ~

と言われたとしましょ。


私もそう思うんですけどね。

これを「協調性」とすると、


そう思う人がいても

やってみたいんですよね。

こっちが「社交性」


自己主張しながらも、

相手の意見を否定しない

これが「対応力」です。


メガネをかけて世の中をはっきり見つつも、ダークサイドへ向かわないためにチャーミングであれ


先の平野さんの言葉を

違う角度から捉えると、


どんな人と、

どれくらいの時間を過ごすか。


その割合によって

「分人」の構成比率が変わるので、

その人の印象も変わってみえる。


これに似たことを

心理学者はこう言います。


一番多くの時を共にしている

5人の平均が自分である。


リアルで会う頻度とか

電話とかメールの回数じゃなく

あなたの中の存在の5人。


自分の中に在る人って、

時を一緒に過ごしている人ね。


たとえば、

目を閉じて浮かぶ人は、

あなたの中にある存在でしょ。


ここで家族しか

でてこないのであれば、

社会性を問われている

可能性もあります。


だから他人で5人が理想的。


つまりそのとき

長く一緒にいる人が、

そのときの自分を強くつくる

ということです。


何をつくっているか?は、

「価値観」や「世界観」。


先日、母と二人で

買い物にでかけたときのこと。


ふたり思い出話をしていると、

じわじわと身体の奥の方から


かつてこの女性に

守られていた頃の自分が

ゆっくりゆっくり

思い出すように出てきて、


やさしくてあたたかい、

なつかしい空気に

つつまれていきました。


起業して7年。


社長であるわたし。

誰かを支えるわたし。

書くときのわたし。


中でも書くときのわたしには、

さらに3人のわたしがいます。


自分の言いたいことを

書くわたし。


読む人が求めている言葉を

書くわたし。


クライアントが欲しがる

言葉を書くわたし。


執筆作業に必須の3人です。


あなたも自分の趣味や仕事に

当てはめてみてください。


飾りをつけている自分がどれか

すごくよくわかると思います。


その飾りを今日のうちに脱いで

明日のために休むことを

「自分に戻る」といいます。


今にして思えば、

父や母の娘だったわたしは、


わたしの中ですっかり

身を潜めていたことに気がつかず、

そのことにすこし、

動揺するときもあります。


いまはもう

あまり登場しなくなった、

わたしのたいせつな「分人」。


それは私自身、

自分に執着がなくなってきた

証なのだと思っています。


たったひとつの

「自分=個人」にこだわることが

大切なのではなくて、


会う人によって変わる、

いろんな「自分=分人」を

自然と楽しめるようになると、


生きることが少しラクで、

楽しくなると体験真っ盛りです。


たとえば作業の分担は、

誰にでもできることですが、


責任の所在までは

分担できません。


だから無理とか大変という

意見があるのです。


この言葉たちは、

自分の本気を試せる魔法の言葉です。


それがどうした。


私を推し進める大好きな言葉は

こうして生まれました。


口だけ笑みを浮かべてね。


そして本来の自分に戻って

一日を終えるのです。


#価値観 #世界観 #みんな違ってみんないい金子みすゞ